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朝鮮日報から、【 1ドル両替すると葉銭1つ背負う 】という記事の翻訳


<管理人の独り言>
※記録・資料用の記事であり、韓国人のコメントはありません。


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1ドル両替すると葉銭1つ背負う

朝鮮日報
2009.11.05 03:59


日露戦争を取材するために訪れた米Collier's特派員ロバート・ダン(Robert L. Dunn)がとてつもない量の葉銭の前で意気揚々とした表情で記念撮影をした。 この銅銭は、北朝鮮に進撃する日本軍に従軍しながらダン記者が使用する取材経費だった。 ダンには韓国の通貨がどの程度下落したか知る由も無かった。

ソウルを離れる準備をしていた日の朝、日本人通訳のクリタに150ドルを両替してくるよう指示した。 夕方になってやっと荷物運びに持ってきた葉銭の山を見て驚くばかりだった。 『韓国での現金両替』というタイトルの記事は、米ドル1セントが種類によっては葉銭15~30枚に匹敵する金額であり、1ドルを両替すれば青年1人が持って行かなければならないほどだったと説明した(Collier's、1904.6.4)

政府の貨幣政策の不在で銅銭の価値は日増しに下落した。 国の将来は考えず、銅銭と白銅貨を過剰に製造して世の中に広げておいたので、外国人は物を売る時は銀銭をもらい、買う時は銅銭を与え、大韓人も次第に銀銭を集め、或は隠して一時利益を図るので、世の中に残るのは當五錢と重い銅貨だけだった(独立新聞、1899.2.3) 當五錢を集めて銅銭をさらに作ってはならないという声が出るようになった背景だった。

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日露戦争を取材に来た米Collier's特派員ロバート・ダン(Robert L. Dunn)


貨幣制度が乱れるにつれ、韓国の貨幣は外国貨幣の補助手段に転落した。「どの国でも上には政府があり、下には民があれば、その間に財政が隆盛し貫通して、少しも高下なければ物価も軽重がないだけでなく、政府と民の間に疑い無く合心なるものだが、大韓では自主独立国として自分の国のお金を使うことができず、他国のものを借用してきたが、今日このような弊害が生じたのだから残念である。 政府はどうして私の民に隣国のお金を使わせようとして結局はあんな状態になったのか」とため息が出た。(独立新聞、1899年9月22日)


「貨幣は国家の血脈であり、人民の様式が今日、韓国では元来貨幣の制度が発達していなかったが、十数年以内には金融機関が全て外国人の手に渡り、葉銭や銀銭、銅銭と外国貨幣など各種の貨幣を今年に通用するが、来年禁止し、金で行用する過程で回収される…」(大韓毎日新報、1909年4月7日)

1905年7月1日から度支部は貨幣整理事業に着手した。 1908年1月の度支部令で、同年12月末まで旧白銅貨の使用を禁止し、新貨幣の流通を勧奨した。 しかし、貨幣主権の喪失により、経済圏は日本に従属し、鐘路の商人たちの間には資金繰りが乱れ、経済界は大混乱に陥った。 店舗を閉めて逃げたり、劇薬を飲んで自殺する悲惨な事件も起きた。 国が財政運用に失敗して経済が破綻すれば、国民の苦痛が大きいという教訓だった。

行く道を忙しかったダンは、この金の山をしっかりと正直そうな男たちに守らせた後、日本軍隊について北朝鮮に向かったが、2週間後に戻ってみると金はそのままあったが、賃金を支払うと、金の山はほとんどなくなった。


ソース
https://www.chosun.com/site/data/html_dir/2009/11/04/2009110401810.html
<魚拓>
https://archive.vn/HqI7u




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