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ネイバーから、【 日本の代わりに韓国が分断された理由 】という記事の翻訳


<管理人の独り言>
この記事は予約投稿記事です。
※ネチズンのコメント数は少ないです。



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日本の代わりに韓国が分断された理由

ハンギョレ
記事入力 2020.08.13 05:02   最終修正 2020.08.13 09:16



記憶と未来

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チョン・ビョンホ|漢陽大学文化人類学科教授

なぜ敗戦国の日本ではなく、朝鮮が分断されたのか。 韓民族なら誰もが一度は抱いたはずの疑問だ。 8月15日を「解放の日」として記念するには、まさにその日から始まった分断があまりにも無念だからだ。 民族の言葉と文字は取り戻したが、一千万家族が生き別れて、国の地が世界的な戦場になった歴史が悔しく、今日まで続く緊張と葛藤が無念だ。 この歴史のアイロニーは偶然だったのだろうか。 最近、研究者らは秘密解除の記録を通じて当時の状況を明らかにしている。

戦争に勝利した連合国は、敗戦国ドイツのように日本を分割占領することにした。 1945年6月、ドイツの分割統治が始まり、次は日本の番であった。 7月のポツダム会談で米英中ソ連合国は日本の分割占領に合意した。 米国が関東と関西、ソ連が北海道と東北、英国が九州と中国、中国が四国をそれぞれ占め、東京はベルリンのように4カ国が分割統治する占領計画が話し合われた。 米国務省は8月13日、「日本占領のための国家別武力構成案」を作成した。

日本の分割計画がなぜそのまま施行されず、朝鮮が代わりに分断されたのか。 その数日の間に一体何が起こったのだろうか。 最後の一人まで戦うと言っていた日本はなぜ急いで8月15日に降伏したのか。 これまでは主に原爆投下のためだと言われていた。 しかし、在米日本学者の長谷川毅教授は、原爆投下よりもソ連参戦の方が決定的だったという。 ソ連が参加する日本の分割を避け、天皇制を守るためだったということだ。 原爆のために降伏したという主張は、アメリカの日本列島単独占領を支えた(『終戦の設計者たち』、MediciMedia)

一方で、小代有希子教授は、日本軍部が米国とソ連の衝突地点が日本列島ではなく、中国大陸や満州、朝鮮になるよう誘導しようとしたという。 敗戦後、日本が再起に有利な状況を作るためだった。 朝鮮の38度線付近も日本軍が選んだ有力な米ソ対立地点の一つだった。 ソ連は8月9日、開戦早々満州と南サハリンに進撃し、翌日咸鏡北道雄基(ハムギョンプクト・ウンギ)を占領した。 翌日の10日、日本は降伏の意思を知らせてきた。 米軍少佐のディーン・ラスクは、一夜にして朝鮮の38度線を分割占領線として提案した。 ソ連軍の北海道上陸は時間の問題だった。 日本の天皇は8月15日、「終戦(敗戦でも降伏でもない)宣言」をした。 日本が最も恐れていたソ連参加の日本列島分割占領は、避けられるほどの早い降伏だった。

しかし逆説的にソ連を東アジアに引き入れ、原子爆弾のような人類的災いを招いた遅きに失した降伏だった。 1945年2月、ヤルタで連合国首脳がソ連の対日戦争参戦を議論していた時、日本の近衛文麿元総理は「敗戦不可避論」を主張した。 敗戦後、共産革命を避け、天皇制を維持するには、速やかに英米側と交渉して戦争終結を推進しなければならないということだった。 昭和天皇はそれでも、終戦交渉を有利にするには、敵に確実な打撃を与えなければならないと述べた。 そうして始まったのが4月の沖縄戦だった。

「出血作戦」と言った。 目的は戦闘に勝つことではなく、敵の出血を最大限に引き起こし、降伏条件を緩和することだった。 「出血」は対抗して戦う日本軍と民間人にも要求された。 神風特攻隊も投入された。 日本本土を守る「防波堤」、「捨て石」と言った。 沖縄戦は残酷だった。 直接戦闘を行った双方の軍人死傷者も多かったが、住民46万人のうち12万人が死亡した。 緊急動員された1万人に達した朝鮮人『軍部』と『慰安婦』も共に犠牲となった。

無謀で残酷な「出血作戦」と出くわした米国はソ連の参戦を促し、同時に原子爆弾の開発を急いだ。 爆弾が製造されると、戦争を早く終わらせようと、数十万人口の都市に2度も原爆を投下した。 新兵器の威力を誇示し、戦後覇権を固める目的もあった。 ソ連は侵攻の日を繰り上げて、日本占領の持分を確保しようとした。 天皇制を守ろうと降伏を遅らせた日本と東アジアの秩序を味方に有利にしようとした強大国の戦略のため、数百万が犠牲となり、民族の運命が分かれた。

日本の降伏の知らせを聞いて金九先生はその巧妙な時点で嘆いた。 中国で長年の国共内戦を経験しながら、国際政治の冷酷さを見守った亡命政府首班は「解放」をそのまま歓迎できなかった。 解放と共にやってきた分断がすでに75年、南北対立と戦争の恐怖はいまだにこの地を押さえている。 分断の痛みを乗り越え、我々は先生が望んでいた「文化の力」を築き上げた。 国際情勢は再びこの地を米中超大国衝突の最前線に押し出している。 自主外交の知恵を集めなければならない時だ。


韓国ネチズンの反応
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ソース
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=001&oid=028&aid=0002508574


01. 韓国人
いまだに分断の痛みを経験している韓国人として、本当に悲しく呆れ果てる事だ。
大国が当初計画した日本の分断が実行されていたら、分断国家である韓国の現実が変わっていたかもしれないということが、実に残念だ。
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02. 韓国人
分割というのは、基本的に緩衝地帯を設定することであり、日本が頭を使ってドイツが分割・占領されるのを見て、まだ戦う力はあるがそれでも米国への降伏を選択したのだ。
天皇制が共産主義に合わないことを知っているからだ。
金九先生が嘆いたように、私たちの力で独立を勝ち取ったのではないため、アメリカとソ連は朝鮮半島を緩衝地帯に設置したのだ。

03. 韓国人
日本と朝鮮を一つに見てたんだよね。

04. 韓国人
朝鮮半島の半分でも共産主義を防いだと見た方がいいんじゃない?
分断しなかったら、韓国も共産主義国家になる確率が高かった...
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05. 韓国人
私が教えてやろう。
私たちは第二次世界大戦の戦勝国ではない。
独立運動?
自分たちの自慰であり、我が国は危うく日本と一緒に核で殴られるところだった。
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06. 韓国人
>05
我々が民族的抵抗運動をしたので、カイロ会談で唯一我が国の独立を約束したのです。
当時は、英国をはじめとする多くの西欧列強が植民地支配をする時期であり、韓国だけ民族全体が抵抗運動をしたために可能なことでした。
当時生まれたら絶対に日本の手先だったような方ですね。
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07. 韓国人
>05
臨時政府時代、枢軸国に宣戦布告した。 この臨時政府を受け継いだのが大韓民国政府だ。
また、当時、臨時政府軍が米国の助けを受け、潜水艦に乗って国内に侵入しようとした状況なのに、米国が狂ったからと言って朝鮮半島に原子爆弾を撃てるものか。
最低限の国史知識も当時の世界状況も知らなければ出しゃばるな。
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08. 韓国人
>05
歴史はそんなにロマンチックではありません。
我々が武装抵抗によって独立を約束されたわけではなく、(それほどの実力はない)日本の力を弱めることが目的なので、朝鮮半島の独立という話が入ったのです。 類似した例にみると、日本やつらが江華島事件以降に締結した江華島条約は、朝鮮は自主国という言葉で始めたこと。
つまり、朝鮮を中国から引き離すためのもの。
恥ずかしくも、それが国際政治の現実です。

09. 韓国人
>05
朝鮮半島に核が落ちなかったのはアメリカが臨時政府側だからではなく、核で破壊する施設がないからだ。
つまりコストパフォーマンスが合わない...広島のような工業都市だと核が合う。
戦争はロマンティックではない。



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